早稲田大学狂言研究会の日記

早稲田大学狂言研究会 公式ブログ

  • 投稿者:きんに君

夕べ〉
2007年2月22日(木)18:30開演
国立能楽堂 中正面6列25番


狂言『近衛殿の申状』大蔵流
近衛殿…山本東次郎
太刀持…山本則孝
奏者…山本則重
糸の庄の百姓…山本則直
左衛門尉…山本則俊

寝た。疲れていたこともあるけれど、話を面白いと感じなかった。百姓の名乗りが長いのにちょっとうんざり。でも、太郎冠者や大名のように類型化されたキャラクターではないから、説明に時間を割かなければならないのは当然で、その分上演時間も長くなる(40分)のだと思う。最後の五分は面白かったけど。近衛殿が左衛門の尉の追い込みには加わらずに、申状を読みながら幕に入っていく演出には、裏を突かれた思いだ。

狂言研内には山本家のファンが多い。しかし、二月に入って観た山本家の狂言は、何故か面白いと思わない。演目が渋すぎるのかもしれない(『二千石』や『空腕』)が、山本家の芸には悲壮感を感じてしまい、心から楽しめない。むしろ、飄々とした感じの善竹・大蔵の芸の方が最近気になってきた。おそらく狂言研内では少数派だろう。


能『鵜羽』観世流
シテ(海女/豊玉姫)…観世清和
ツレ(海女)…赤松禎英
ワキ(恵心僧都)…森常好
ワキツレ(従僧)…館田善博、森常太郎
アイ(所の者)…山本則秀
笛…藤田六郎兵衛、小鼓…大倉源次郎、大鼓…山本哲也、太鼓…観世元伯
後見…木月孚行、武田尚浩、上田公威
地頭…岡久弘

「観世の復曲能は面白くない」という話を聞いたことがあるが、そんなことはない、とても面白かった。

豊玉姫と山幸彦の伝説に取材した作品で、山幸彦が懐妊した豊玉姫のために磯に仮屋を作っていた所、屋根を萱代わりのウの羽で途中まで葺いた所でめでたく産まれたため、その子を「鵜羽葺不合尊(うのはふきあわせずのみこと)」と名づけたと言う。能では、僧の恵心が九州鵜戸を訪れ、鵜の羽で半分葺いた小屋の前で、豊玉姫によって干潮・満潮の珠の奇蹟を見せてもらうと言う内容で、今風に分類すれば、「脇能」となるのだろう。

観世清和が凄まじかった。後場で幕から出てきた時点で、もう人間ではない。ワキと話す所から立ち上がると、その存在が舞台全体にまで広がっていくのを感じる。神が懸かっているというのはこういう事なのだろうか。

曲も良かった。干潮の珠を置き、潮が引いていく所で、速い囃子とともにシテが幕の前までゆく。とたんに囃子が止む。沈黙の中で時々太鼓が小さく鳴る。その時、シテの方に引き込まれる感じがした。あるいは、シテが自分の心を鷲掴みにしたのだろうか。その時は気付かなかったが、今考えると目の前には一面の干潟が広がっていたような気がする。そしてシテは、再び満ちた海の中に消えていった。

終演後、しばらく椅子から立てなかった。蜷川幸雄演出・藤原竜也主演の『ハムレット』を見たとき以来の感覚。しかし、その時感じた疲労感は、今日は感じなかった。その感じはむしろ「陶酔感」に近かったと思う。良い能に出会うと言うのは、こういうことなのだろうか?