早稲田大学狂言研究会の日記

早稲田大学狂言研究会 公式ブログ

  • 投稿者:筋太郎さん

善竹狂言
2006年7月30日(日) 14:00開演
観世能楽堂

狂言の公演としては異例の五番立て。これは観にいかない手はないというので、裏の萬狂言をあきらめて観に行く。座席は中正面のす‐4番。


狂言『大黒連歌
大黒・・・大蔵千太郎
参詣人・・・大蔵基誠、善竹忠亮


狂言『文相撲』
大名・・・善竹忠一郎
太郎冠者・・・善竹隆平
新参者・・・善竹隆司

 40分ぐらいある長い曲。大名が新しい家来を召し使えようと言うので、太郎冠者に街道まで探しに行かせる。太郎冠者が拾ってきたのは、鞠やら双六やら馬の伏せ起こしやらと多種多芸な一人の男。彼の特技の一つが相撲だと言うので、大名は相撲を見てみたいと言う。大名がここで、「一人で相撲を取ってみろ」とか、「自分がとる」と無理を言うのが面白い。ちなみに馬の伏せ起こしは、「自分には馬がないので無理」だとか。
 忠一郎師の大名は、尊大さの中にもかわいい所がある。相撲の一度目は、猫だましであっけなく負け、マニュアルを読んで望んだ二回目の相撲は、途中からマニュアルを無視して、拳骨で新参者を殴る。三度目の前には太郎冠者に、「今度は地面に三尺叩き込んで殺してしまうかもしれない」と大見得を切った後、小声で「・・・と言って新参者に相撲を取らせるな」と付け加える。でも最後はマニュアルの通りに新参者に攻め込まれ、見事に地に転がされてしまう。もうすぐ負けるというところで大名がタンマをかけて、なおもマニュアルを読んでいるのが、何だか愛らしく見えてしまった。


狂言『右近左近』
右近・・・善竹長徳
妻・・・善竹徳一郎

 長徳師は、登場からすでに能天気そうで、どこか茂山千作師に似た雰囲気がある。右近役にはピッタリだと思う。でも、科白は時々聞き取りづらくなるし、前に出るときに首をがくがくする癖があるので、見ていてあまり気持ち良くなかった。徳一郎氏は、父親の長徳師によく似た芸風だった。


狂言『宗論』
法華僧・・・善竹大二郎
浄土僧・・・善竹富太郎
宿の亭主・・・善竹忠重

 はっきり言って、今まで善竹の狂言はあまり好きではなかった。でも今日の『宗論』で、そのような見方は180度変わることになった。
 京への街道で法華僧と浄土僧が偶然道連れに。最初は仲良く歩いていたのに、お互いの素性を知ると態度が豹変。いち早く逃げようとする法華に対し、「散々なぶってやろう」とねちっこく迫る浄土。この急変振りにはどきどきする。
 法華は浄土にやり込められて閉口し、近くの宿屋へ逃げ込む。負けじと浄土は後を追い、法華が嫌がるところを無理やり相部屋にしてもらって、夜通しの説教合戦。
 富太郎師も大二郎師も、一昨日の『首引』で観ていたが、今日の二人はさらに輝いて見えた。一本気でさっぱりとした法華役の大二郎師には、芸域の広さが感じられたが、またいやらしくもどこか憎めない浄土役の富太郎師は、はまり役と言ってもいい名演だったと思う。
 そして、見所にはこの曲を盛り上げようという雰囲気があった。楽しそうに演じる二人に対し、見所の期待が否応なしに高まっていくのが感じられたのである。最大の見せ場の踊念仏と踊題目の張り合いのところで、場内のテンションは最高潮に。最後の悟りと二人の和解が、しっとりとしながらも引き立ち、最高の終わり方になった。

 今年観た中でも一番の狂言だった。


狂言『蟹山伏古式
山伏・・・善竹十郎
強力・・・大蔵吉次郎
蟹の精・・・大蔵教義

 「古式」という小書は、今回初めて付くものらしい。現行演出だと幕から出た時点で既に旅装である強力が、この演出だと舞台の上で旅装になる。また最後にシャギリ留めといって、笛によるアシライが入る。
 旅の山伏と伴の強力が、山中で蟹の精に遭遇。強力が「今晩のおかずに」と金剛杖で打ち据えようとしたが、逆に耳を挟まれ、祈り伏せようとした山伏も同じ目に遭う。
 初めて観たが、蟹の精の動きには衝撃を受けた。橋掛かりの上を、横歩きで素早く行ったり来たり。蟹の精だから、手はフレミングの法則のように、親指と人差し指とを突き出している。また、シャギリ留で山伏と強力・蟹が耳を挟んだまま三回飛び跳ねたのだが、これは滑稽であると同時に華があり、よい演出だと思う。


 今回の狂言会は、私の善竹一門に対する印象をがらりと変える結果になった。善竹の狂言は、京都の茂山家狂言と同根であるが、茂山ほどのパフォーマンスはなく、しかも科白の間合いが独特なので、「渋い」、「地味」といった印象しかなかった。しかし、この会では、善竹一門の役者の持つ才能が存分に発揮されていて、宗論や蟹山伏のように賑やかで華のある曲も面白かった。思うに、そのスタンダードさが、善竹の最大の魅力なのではないか。